33.私は永遠に日本人だ!そして、子供、孫はツールを求めて?
今、世界はグローバル化。そして、人々は国境を超え、仕事で、留学で、国際結婚でと、外国へ出て行く。
また、短い数日と言う時間であっても、海外旅行で外国へと。日本のパスポートを大事にかばんにいれて、出かけて行く。
このパスポートを手にした時、日本の人は、「自分は日本人だぞー。」と思うのだろうか?
いやいや、そんな当たり前の、当たり前以前の事など考えないのが当たり前だろう。
今、私の知人、友人の子供(メキシコ国籍を持っている)も大きくなって、20歳前後で、それぞれ、自分の親の日本国籍を自分も取れるものなら、
取ろうと本人も考えたり、親も、あっても邪魔にならないなら、取ったら良かろうと考えたり、また別の知人は、日本語も話せないし、将来もずーと
メキシコに住むのに、いまさら日本国籍を持っていたって、どうという事もないだろうと考えたり。まあちょっと悩むのである。
ある友人の娘さんは子供がお腹の中で、まだ産まれてもいないけれど、その子供にも、日本国籍を取ってあげたいと、旦那さん(もちろん、メキシコ人)
と話しているとの事。
ちょっと、注釈をすると、メキシコは数年前から二重国籍を認めるようになった。日本はもちろん二重国籍を認めていない。メキシコが二重国籍を認める以前は
メキシコ人と日本人の子供は、メキシコにおいては、18歳。日本においては、22歳の時点で国籍を選択しなければならなかったのである。
だが、現在、メキシコが二重国籍を認めているところから、22歳までは二重国籍を認めているが、22歳までに国籍の選択をしなければならない日本国籍を選らんで
取得すると、日本が二重国籍を認めていなくても、二重国籍になれる訳である。なんか、訳わからん事言っているようだけれど、わかるかしら?
まあ、ちょっと また、話しがそれるが、これで、得したのがペルーで大統領やったアルベルト フジモリ氏。まあ、他の人はどう考えるか知らないけれど、私などは、実に
ペルー国民をバカにしていると思うのであるが。そして、日本政府は国際社会へのルール違反をしていると、私は思うが。
たとえ、フジモリ氏が日本国籍をもっていても、やはり彼はペルー国籍でペルー人として、大統領をやったのであるから、ペルー人としてペルーに還して、彼のやった事、良い事もやったであろうけれど、
多分悪い事もやったであろう事をペルーで裁かれるべきであると思うが。
さて、孫の日本国籍を取ろうか、取るまいかと悩んでいる友人曰く、「この孫が日本国籍を取っても、意味があるだろうか?かえって、日本国籍を持っていることが、重荷になる事があるかもしれないとも
思う。」と、第二次世界大戦の事など例に出して、心配していたが。
確かに戦争の時、アメリカなどに移住していた日本人は、大変な思いをしたのである。メキシコにおいても、アメリカほどでなくっても、一応、敵国日本人として扱われたのである。
まあ、将来、日本が同じ過ちを犯す事はないとは思いたいが。
私達の子供はまだ、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、従兄弟達のいる日本へ行くチャンスもあり、少しは日本語もわかる。だが、孫はどうだろうか。
多分、日本語もあまり話せないであろうし、まして、日本へ行く事も、従兄弟の子、はとこを頼って行くだろうか?彼らは、生まれも育ちも、考え方も、まったくのメキシコ人になって
ゆくであろう。
私達の子供には日本語の姓が残っているが、孫の代は息子の子にはまだ残って行くが、娘の子には日本の姓も残らない。消えてしまうのだ。
だがである。日系人、日系社会と言う言葉があるように、昔、メキシコに移民してきた人々の子、孫、曾孫、二世、三世、四世、の人達はメキシコ国籍であり、メキシコ人であるが、
自分の親が、祖父母が、曽祖父母が日本人であったという事を思い、日本への特別の想いもあると思う。これはたとえ、日本語が一言も話せなくっても、一度も日本へ行った事もなくとも、日本への
特別の想いは、それは、自分のルーツへの特別の思い入れであると思う。
そして、私達、いわゆる、メキシコの地に、骨を埋めるつもりである一世と言われるべき者は、やはり何かの理由で、日本国籍を捨てメキシコ国籍になっていたとしても、永遠に日本人であるのではないだろうか。
私の明治生まれの伯父は20歳でメキシコに移民して、60年以上メキシコで生活して、メキシコの地でなくなった。
彼は、60年以上の歳月を、ほとんど、地方のまったく日本人のいない所に住み、日本語をほとんど日常、話さず過ごしてきたし、生活もメキシコの生活をして来たにもかかわらず、歳を取ってからは、孫に
「おじいちゃんは、最近、分らない日本語ばかり口にして、分らなくって困る。」と言われ、また、日本食が食べたくって、メキシコ市の息子から、日本食を常に送ってもらっていた。
彼が、40年ぶりに、日本へ里帰りした時、日本の高級ホテルに泊まった時、外国人扱いされたのに腹をたてた。
ホテルのボーイが、南国の太陽に日焼けし、身振りもメキシコ人になっている伯父を外国人と思ったのは無理ないのだが、伯父は「俺は日本人だぞー。」と本当に、腹ただしげだった。
私も、そろそろ、メキシコ生活の年数が日本のそれに近ずいっているが、いくら長くメキシコに住んでも、私は永遠に、日本人をやめられない!
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34.人生、一生 勉強だぜ!おばちゃん!
最近、観光の仕事は、911事件、日本の不景気の影響で暇、暇、暇なのである。それで、おばちゃんも、暇でボケボケ、ぐーたら人生を過ごしているが、
ガイド仲間の友人が言った。「こんな暇な時、せいぜい、勉強しましょう!」
「う〜ん、勉強?」
「僕は毎日、スペイン語の新聞をできるだけ読んで、勉強することにしている。我々は一生、メキシコで過ごすつもりでいるのだから、やっぱり、スペイン語の勉強しなくっくちゃあ。」
「私は、もう、スペイン語はあきらめているのです。」
スペイン語科卒業で通訳もこなす友人に、スペイン語の勉強をしろ、と言われて、おばちゃんはショックを受けた。
おばちゃんは、いつも、娘に「下手なスペイン語で恥ずかしくないのか?」と貶されて、「ふ〜ん、いいんだもん。通じるじゃん、下手でも。」と、負け惜しみを言いながら、「スペイン語の勉強なんて、クソ食らえ!今さら、この歳で、勉強したって駄目だ!」と諦めっていたのである。
実は、おばちゃんだって、一昔前までは、スペイン語を、もう少し勉強しようと思たりした事もあったのだ。だが、語学というのは、努力もだが、才能というのが必要だ。自分には能力がないと悟ったり、それに、この歳だ、ボケが始まろうってんだ。
一度辞書をひいて、印までしてある単語を何度でもひいている自分に「お前は、バカか?」とも言いたくなるのである。
だが、人生、一生、勉強だぜ!おばちゃん。
私は時々色んな人との出遭いのなかで、教えられることが沢山ある。
ある年配の、70歳はとうに越した方が、「自分は、今、趣味で数学を勉強しているのです。昔は数学なんて大嫌いで、全然分らなくって過ごしてしまったけれど、中学校の数学からはじめて、今、高校の微分、積分まで解けるのです。これが、面白くってねえ。」
う〜ん、学校で数学嫌いになる子供は沢山いる。おじいさんも昔は数学嫌いだったのだ。しかし今、70歳を過ぎて、数学の面白さに夢中になっていると。
そう、人生、一生勉強なのだ。
メキシコでやはり長期滞在していたある知人のお母さんと日本でお話する機会があった。もう、80歳を過ぎたお母さんは、村の文化クラブの英語のクラスで勉強しているというのだ。
「息子のいるメキシコへ一度行ってみたいので、そのために英語の勉強を始めたのです。とっても、楽しいですよ。」
彼女が席を離れた時、彼女のご主人が「メキシコへ行くことは無理なのです。もう、末期ガンなのです。」と、悲しそうにおっしゃった。
勉強は役にたつからだけのためにするのではない事を知りました。
人生、一生、勉強だぜ!おばちゃん!
そうは思いながら、今日もミケ猫と日向ぼっこをしながら、古い日本の文庫本を顔の上に乗せて、昼寝して、ボケボケ、グータラ人生を過ごすおばちゃんなのです。
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35.美容院はガマの油取り器
普通、誰でも、美容院へ行くのは綺麗になる、すっきりする、気分よくなる事だと思う。
でも、私は美容院へ行くのは大嫌いで、美容院へ行った後は、自己嫌悪に陥り、すごく落ち込むのである。
じっとあの大きな鏡の前に座らされ、自分の見たくもない醜い顔を見させられて、長い苦痛の時間を強いられて、その結果は、少しは髪が短くなったりしてはいるが、少しも変り映えのしないあの自分の顔と頭。
最後のダメ押しとばかりに美容師さんは、手鏡を後ろに当てて、後ろまで見せて「よろしいでしょうか?」
後ろは顔がないだけまだましか?と思いつつ、「よろしくない」とも言えずに仕方なく”Esta bien!” などと少しも良くはなくても答えって、自己嫌悪に陥り、さらに追い討ちかけるように金取られる。
それと、美容院の美容師さんと言うのは、人にもよりけりなのでしょうが、たいてい、お客さんに話かけるというのも商売のサービスだと思っているようで、知りたくもない事たずねたり、世間話してくれる。
あれは美容師さんも気を使って大変だとは思うけれど、私は煩わしい。ただでさえ拷問に耐えているのだ、そっとしておいて欲しい。
私の返事があまりにもつっけんどんなので、たいがい親切な会話もサービスと心得る美容師さんも、
途中から会話の方は中止してくれるが。
先日久しぶりで、そう数年ぶりで友人に会った。会って、すぐの会話はやはり「わあー、変らないねえ。いつまでも若くっていいねえ。」
「何、言ってるのよ−。このシワ、この髪見てよ。」ふむふむ。
そして彼女も美容院が嫌いだと聞いてびっくり。彼女は誰の目から見ても、超美人の人なのだ。その彼女も美容院の鏡の前に座っているのが耐えられないのだと。「信じられない!」
彼女が言うに「ガマの油どうやって取るか知ってる? 四方が鏡になっている箱に入れておくのだ、ガマは自分の姿を見て、醜い!醜い!って、油をタラタラ出すわけ。」「う〜ん、わかるなあ、ガマの気持ち!」
ところで、メキシコの家やホテルや、まあ、何処でも、大きな鏡を使ている所が意外と多いのだ。
レストランとか壁が全部鏡だったり、あれって、狭い場所を広く見せる効果狙ってるのか?
ホテルなどの洗面所も総面鏡だったりして、あれは嫌だ。洗面所は風呂場といっしょだから、洗面所で裸になる訳。顔だけだって、じっと見ていなければならないのは辛いのに、裸の自分を見るのは拷問だ。
これが、ガマの気持ちだ!
何故、鏡があんなに多いんだらう?
メキシコの人はみんなナルシストばかり?
だって、メキシコの人結構、横幅大きい人多いのに、あの大きな総面鏡に映すと、スマートに見えるのだろうか?
家族に「もう、みっともないよ!美容院へ行ったら?」と、また言われているこの頃であるのだ。美容院へ行かなくちゃあと思いながら、気が重い。どうせ、また、あの拷問に耐えて帰ってきたら、「あれ〜、年食ったチビマル子だ!」って言われるに決まってる。
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36.あなたは子供を何にする?
あなたは子供を何にする?
日本は教育レベルの高い国。日本の子供は幼稚園から、勉強、勉強で大変だと思う。
メキシコは何事もピン、キリの世界だから、教育だって同じ。ピン、キリで、メキシコは最高教育を受ける人はもちろん僅かで、下はいわゆる義務教育だって受けない人がごっそりいる社会なのである。
でも、 何処でも誰でも、多かれ少なかれ親は子供に期待し、社長や大統領になって!とはいかなくても、多少は偉くなって欲しいとか、金に困らないだけは稼げる仕事について欲しいとか、思ったりしているのだ。
医者の親はやはり子供も医者にしたいと思っているだろうし、商売している親は子供に商売をついで欲しいと思っているかもしれないし、会社員だって、子供は一流会社に入ってもらいたいと思っているだろう。
あなたは子供を何にする?
メキシコでは、、「子供が三人いたら、一人は医者にしろ!もう一人は弁護士にしろ!もう一人は神父にしろ!」と。 何故?もちろん、一生、くいっぱぐれない。つまりお金が稼げると言うのもあるのであるが「一生、心配ない。安泰だ。病気したら、医者の息子が命を救ってくれる。
悪い事して、捕まっても、弁護士の息子が助けてくれる。死ぬときは神父の息子が天国へ行かせてくれるのだ。」との事だ。
生憎、私は助けてくれそうな子供をもてなかった。残念だ!
友達はお子さん達が優秀で、神父はともかく、医者とか弁護士になればいいのにと親とか周りが言ったのに、しかも、メキシコではみんなの羨望のアメリカの大学まで行ったのに、二人とも、自分のしたい勉強をしている、医者にも弁護士にもなってくれなかったと。
彼女の娘さんはとても正義感のある子なので、知り合いも弁護士になればいいのにと言ったそうだが、彼女はそう言われてとても怒ったと言うのだ。「あんな汚い仕事はしたくない。あんな仕事をしろと言うのは侮辱だ。」と。
(断っておくが、これはメキシコでの事であって日本の弁護士の事を言っているのではないので誤解のないように)
彼女は今、身体不自由者の教育を勉強しているのいだそうだ。
他の友達は、お子さんが「弁護士になろうかな。」と言ったところ、「弁護士だけは止めてくれ。」と頼んだのだと。彼女が言うに「正義の弁護士になったら、メキシコでは殺されるかも、だから、絶対止めって!」と言うのだ。
事実、最近、人権問題で、とても立派な仕事をしていた女性の弁護士が殺されたのだ。事件は解決していなく犯人はわからないままだ。
だが、一方、弁護士と言うのはメキシコではろくな奴がいないと言ったりもする。人の弱みにつけこんで金儲けばかりしようとする弁護士に私達も、たまたま当たっている事もあって、弁護士の評価は最悪だ。
だいたい、メキシコでは裁判も金次第と言う。嘘ではない。事実、民事裁判で、友人も弁護士に、「裁判官や誰々に金をばらまかなければ、勝てないから金が要る」と、次から次へと大金を取られていると。
この金は本当に何処へ行っているのか、わからない。もちろん領収書なんて在る訳ない。
ああ、そうだ、今、アメリカやメキシコでもニュースになっているのが、神父の未成年者への性犯罪。このスキャンダルにローマ法王も困っていらしゃる。
ところで、あなたは子供を何にする?
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37.空から落ちてきた。
この世の中、危険がいっぱい!道を歩けば、交通事故。車がぶつかってくる。オフィスで仕事をしていると、テロの飛行機が吹っ飛んでくる。
台風だ。集中豪雨だ。地震だ。と、家はぶっ壊されるは、流されるは。強盗にもでっくわすだろうし、スリなんって、いたるところゴロゴロいるんだから
人も歩けば、スリに会う。電車の中には、痴漢もいるし(日本多いでしょう?メキシコは意外と少ない。)
あー、この世は危険がいっぱい!こんな世の中、神様にお願いするしかないか?
運は神様に任せておいて、災難にあった事後処理のために、保険をいっぱい掛けておくか?
娘が前に、銀行の口座を開きに行ったら、保険を勧められた。住宅保険。火事、地震、盗難保証。
ランクがあって、その上にもっとお金を懸けると、天から、隕石が落ちて、家を破壊しても保証してくれると。
隕石は、メキシコではよく落ちてくるそうだから、それが我が家にも当たらないとは、誰が、言えよう。
隕石って売ってるの、すごく高いんですよ!(すぐ、お金に換算してしまう貧乏根性。)
あんまり大きくなくって、雹くらいのが、ザラザラ落ちて来るくらいだったら、家も破壊しないだろうから、
歓迎しよう。いや、やっぱり、空から石が落ちてきたら、危ないだろうな。 娘はさすが、隕石が落ちっても保証の保険には入らなかったが。
だが、先日、上から、すごい音を立てて落ちってきた。うーん、隕石ではなかったんですが。
隣は、広い囲いのしてある空き地。そこに大きな大きなユーカリの木が生えている。
ユーカリと名の付く木は種類が色々あるらしいけれど。メキシコ市の公園、街路、いたる所に植えられている木。
普通の木は年輪ができるが、このユーカリの木は年輪がない木、つまり、ブクブクすぐ大きく太く成長するが、うどの大木よろしく、
大きくなるけれど、とてももろい木で、風が吹けば雨が降れば、すぐ、枝がぼきぼき折れるのだ。
成長が早いのと、公害にも強いとかで、メキシコ市では、いたる所にこの木が植えられているのだ。
先日、風もなく雨も降っていないのに、ドーンとものすごい音がして、家が揺れるような気がした。
「あっ、ついに、我が家にもテロの飛行機が!」と思った訳でもないけれど、兎に角びっくり!あわてて、庭に飛び出してみたが、庭には、
木の葉がパラパラ、落ちっているだけ、「いったい今のは?」と、空を仰ぐと、隣のユーカリの木が真っ二つに折れて、その大きな太い直径20センチ
くらいの枝が家の屋根に!
幸い、家直撃ではなく、我が家の庭にある杉の木の上に落ち、太い枝を二本裂き、さらに、ユーカリの枝の一部が屋根の上に落ちた。
この杉の木は、家に光りが入るのを妨害しているので、切りたい、切ってしまいたいと日頃思っていた杉の木なのであるが、家の破壊を救ってくれた。
隣のユーカリが我が家の上に伸びているので、前にも、役所に枝を切ってくれるように申請していたのであるが、メキシコの役所もお役所仕事という奴で、
一度見にきて、「これは、となりが切る義務があるから、そう言っとこう。」と言って帰ったきり音沙汰なし。隣は空き地で、誰が地主なのか分らないのでどうしょうもない。
役所に任せたはいいが、やっぱり役所は何にもしてくれなかったのだ。その結果がこれだ。
メキシコは木を切るのに、許可がいる。自分の家の木でも勝手に切ることはできない。私が役所に行って、「木を切って欲しい。」と言ったところ、「木を切ると言ってはいけない。
木の枝を剪定して欲しいと言わないといけない。」と忠告された。
危険が空から、落ちてきた。今回は人も家も大丈夫だったけれど、世の中、危険がいっぱいですぞ!
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38.母の日の発祥の地はメキシコ ユカタン地方。02/05/27
もう、母の日も過ぎてしまったけれど、バレンタイン デェイと共に商業ベースの宣伝にのせられて、すっかり定着しているようである。
なんせフィエスタ好きのメキシコ、それとマザコンの多い(?)メキシコ。その上商売人もこの日は兎に角「
売れよ!売れよ!」とばかりに頑張るから、否応なく盛り上がる。
ところで、母の日が最初に定められたのは、メキシコであったのだ。
20世紀の初め、1910年メキシコ革命が起こったが、この革命の社会思想、運動を背景に1916年ユカタン地方で他の問題の議論とともに、特に
教育の男女同権の議論が教師達を中心におこった。そして、それは過去においてはまったく問題にされた事のなかった女性解放運動として発展していった。
そして、その女性解放運動の結果として1922年、5月10日を母の日にしようと言うエクセルシオの新聞の提案によって、直ちに他の多くの機関の賛同のもとに
メキシコの国として母の日が定められた。
さてさて、そんな訳で母の日は女性の教育の権利、女性解放運動に始まった訳であったのだ。女性万歳!である。色んな意味において女性が頑張っている事でめでたし!めでたし!
である。
が、ちょっと待って!メキシコでは現在でも、特に下層階級においては、マチズモ(メキシコ的男性優位主義)は生きているぞ!メキシコの女性よ!一年に一度母の日を祝ってもらったからって喜んでいてはダメだ!
今はマチズモ打倒だ!
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38.おばちゃんのエキストラ体験02/05/27
夜10時頃、友人から電話。「明日、テレノベラ(テレビドラマ)のエキストラやらない?ペイは500ペソ」「明日?何するのよ?」「通行人。条件は東洋人、朝、7時半、テレビサ(メキシコのテレビ局の名)の前、集合。」
ほとんど失業中、暇はあっても金のない私はすぐ「若くなくてもいいのね!美人でなくてもいいのね!日本人なら誰でもいい訳だ。うん、行く!行く!」
カジュアルな服で着替えも入れて3着持っていけ、と言われた。さて、カジュアルのと言っても、やっぱり、今の日本の人が町でどんな洋服着ているのかしら?どうせ、おばちゃんの通行人だけれど、ここ何年来、洋服買った事なくって、いつも10年から同じお古で
過ごしているおばちゃんとしては本当のところ困ってしまった。
たとえ、通行人と言えども、セッティングが日本のホテル。そこを歩いている人。日本人が皆あんな野暮たい服着ているのかと思われては一億人の日本人に申し訳ない。(誰も背景の通行人に注意する訳がないと後で気がついたけれど)
「さて、洋服はどれがいいのか?ない!ない!ない!」ついに、私は留守中の娘の服まであさる。それでもあまりぴったり来ない。まあ、いいや、といいかげんな私は諦めた。
が、夜十一時、「あー。この白髪頭、やっぱり背景でもまずいぞ。これじゃあ、おばさんの通行人でなくってばあさまだ。」それで、髪を染めてやっと、12時に寝る。
朝、六時起床。この頃の私としては、最高に早起き。コーヒー一杯だけで集合場所に出かける。
だが、7時30分になっても、集まったのは、友達の家族とその友達の我々集団だけ。しばらくして、モデルエイジェンシーの係の人、日系の人が数人が到着。7時半だいぶ過ぎてもただ待つばかり。8時頃、日本人の他のグループと韓国人のグループが到着。だがバスに乗れとも言われない、ただ待つだけ。
8時20分頃ようやく、バスに乗りこみ出発。
まじめな私はラッシュにひっかかて遅れてはと早めに家を出て、7時10分に一番乗りだった。
あー。こんな事なら、ゆっくり朝食、食べて来るんだったなあ。さすがメキシコだ!フィエスタならいざ知らず、これって仕事なんでしょう!と、言いたくなるよ。
ロケ場所は、クエルナバカ、カミーノ レアルホテル すみや。これは、アメリカ人の金持ちの女優さんが日本趣味で造ったとか。なかなかのもんだ!
でも、やっぱり外国人が外国で作ったものだなあ、ってのはあるね。
日本人という事になるエキストラ総勢25〜30名くらい。パラソルのある庭に座って待つこと、約一時間半。
助監督さんらしい人がエキストラの人達を見て回って、その中から、若い可愛い女の子三人をエキストラの中でも主役に抜擢、ホテルのレセプションの役と通訳の役。友人の娘さんも。
うん、うん。やっぱり、若くって美人でなくちゃあ。彼女達は出番も多いし、台詞もある。
我々その他大勢は「ここを歩いて!そこに座って、おしゃべりしている風に。」何て事で、助監督さんがエキストラの我々を見て、「はい、あんた。」ってな訳。
私は出番がない。「出なくても、ここまで来たんだから、500ペソはくれるんでしょうねえ」
「500ペソくれれば、出番なくても、いいよ。」とただ座って待つ人
撮影て大変だねえ。時間はどんどん過ぎて行く。六時にはメキシコ市に戻れるって言ったけど、本当に終わるのかしら?怪しい。なんせ、メキシコの事だ。
それにしても、二時になっても、まだ、昼ご飯って言わない。ランチは出るのでしょうねえ?朝飯抜きだよう。腹減ったなあ。待つ人は、考える事はそんなことばかり。
4時、やっと昼飯、ホテルのバイキング。うん、悪くないや。
昼食後は、それでも私にも出番があった。これで、500ペソくれないとは言わせないぞ。
午後六時メキシコの太陽はまだギラギラ。まだ、まったく終わる様子はない。そのうちに、「終わるのは、十一時頃になるようだ」っと、誰からか伝わってくる。「えー。」「これって、当たり前らしい。。」「えー、 時間オーバーでも500ペソ。」「そうらしいねえ。」
週末で、夕方にはホテルのお客さんがどんどんやってくる。お客さんが来たら、撮影はできない。お客が途切れるまで待つしかない。
そして、私達エキストラも、延々と待つ。十一時頃やっと撮影終わり。夕食なし。
メキシコ市に到着12時40分。自宅到着一時30分。あー、エキストラ、通行人も楽じゃない。
ところで、メキシコのテレビドラマ、私はあまり見ないが、やっぱり、惚れた、惚れられた、振った、振られた、好きだ、嫌いだ
挙句は三角関係の恋愛ものや、恋愛もののシンデレラ物語、家族の憎しみ愛の殺しまであるお話などなど。パターンが決まっているというか。
あー、それにしても、ドラマ作るのってお金かかるんだろうねえ。
もう一つ、メキシコのドラマって主役はどうしていつも白人系なの?メキシコ人の大多数は白人系じゃあないのに。それに見る人だって白人系じゃあないメキシコ人大衆でしょうに。このドラマの主役達も白人系だった。
メキシコには、植民地時代からの、白人が上と言う階級差別が今でも残っている?見えない所で?いや、見え見えかも?
私が、ひがんでる?
追記 05/1/29
このエキストラをやった番組はEl Juego de La vida というテレノベラであるが、これが、今、日本のテレビで放映されていると。
邦訳 ゲーム オブ ライフ だそうだ。KBS 京都で、週4日放映。見る機会のある人は見る?
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40.水不足 水を大切にしたい。02/06/01
メキシコは五月中旬くらいには、いつも雨期になり、毎日ほとんど夕方から雨が降るようになるのであるが、今年はもう五月も終わったというのに、まだ、雨が降らない。
紀元前の昔から、メキシコでは、常にもっとも重要な神として、雨の神様を祭った。雨が降る時期に雨が降らないと、農業ができなくなり人々は飢え死ににするのだ。人々は常に雨を願い、雨神に祈ってきた。今、人々はカトリックになって、昔の雨の神様への信仰を怠っているせいか、
雨期になっても、雨が降らなくってメキシコ市でも、メキシコの北部地区でも、今、水不足が、深刻な問題になっている。
北部では旱魃、ひでりである。牛などが死んでいる。メキシコ市の一部のコロニアルなどではほとんど水がないという。まあいつも問題のあるのはどちらかというと、あまり豊かでない人々の住む地区zona popularというか。
又、アメリカのとの国境に流れるリオ グランデ(メキシコ人のアメリカへの不法密入国者がこの川を泳いで渡るのであるが)今、アメリカがメキシコの方がこの川の水を沢山使っているから、水代を払えと言って、アメリカとメキシコの間で問題が起こっている。
水がないというのは、なくなってみないと実感がないかもしれないけれど、大変なことであると思う。本当に、水は命の元である。
私の住むところは、メキシコ市でも、南西の山の麓で、山の森林から流れ出す水があり、メキシコ市でも唯一の川があって、幸い、水不足で困った事はない。
メキシコは何処へ行っても、家の屋根の上に必ず用水タンクがある。水を溜めておくのである。用心のいい家では、屋根の上だけでなく庭の地下にも、大きな用水タンクを作っている。
知人は、五階のアパートの屋上に20年以上住んでいるが、昼間はほとんど水が出ないと言う。下のほうで使うので、上まで来ないのである。それで、夜中にシャワーを浴びたり、洗い物をするのが習慣になっているとのこと。
又、別の知人は、二世帯住宅に住んでいる、一階に義母と義姉の家族、二階が彼女の家族が住んでいるのであるが、今家族の間で水戦争であると言うのだ。一階は道の水道管から直接くる水を使うが、ニ階は用水タンクに溜めた水を上に上げて使うのであるが、くる水の量が少ないので、下の人は用水タンクに入る水道の蛇口を閉めてしまうので、
いつも、用水タンクは空で、ニ階はまったく水がなくなってしまうというのだ。
乾期の間は、ほとんど雨が降らないのであるから、庭の植物や植木鉢の植物にも、水をやらなければならない。太陽がギラギラでメキシコ市でも30℃位になるのであるから、水をやらないと枯れてしまう。
私は前はホースで水をかけていた。楽で便利であるから。でも水不足で困っている人々のニュースを見て、私のところに水が充分あるからといって、水をふんだんに使っていいものではないと反省した。水を大切に無駄にしないように使わなければと思う。
今、台所で、米をといだ水、野菜を洗った水などは、そのまま流さず、バケツに溜めて置く。また、車を洗った水、床掃除で使った洗剤の入らない水も、これらの水を植物にかける事にした。
これだけでほとんど足りるのである。
それから、我が家はシャワーだけであるが、シャワーを浴びるのに、シャワーを出しっぱなしでシャンプーも、身体を石鹸で洗うのもやっていたが、これもすごい水を無駄にしていると反省した。シャンプーで頭をゴシゴシ、石鹸で身体をゴシゴシの間はシャワーを止める事にした。
この前、姑の家に行ったら、水バケツが中庭に置いてあった。なにするのかと思ったら、午後になると、このバケツの水が結構、熱くなるのである。
そのバケツ二杯の水で頭を洗い、身体を洗うのに充分だと言うのである。姑の考えた省エネなのである。人は貧乏たらしいと思うかもしれないけれど、私は感心した。
一人一人が水を大切に無駄に使う事のないように、心がけないと、メキシコの水不足はこれから、毎年ますます深刻になっていくと思う。
政府はこの水対策もっとしっかりやってくれ!と言いたくなる。雨期の毎日スコールのように沢山降る雨はメキシコ市の下水に流れ、そのまま利用されずに流されてしまう。雨期の雨は貯水池に溜められて利用するということもない。
政治家は途方もないお金をもらっているし、過去の大統領も、大統領をやったと言うだけで、莫大なお金を死ぬまで貰えると。
大統領時代、さんざん盗みまくているのに。自分達のために得になる法律作って、金儲けばかりして。
バケツ一杯の水にも、困っている人達がいると言うのに。貯水池の一つでも作れ!
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